北ア展望 2
穂高の頭上に満月が佇む夜明け前の静寂。
雲海の果ての輝きが色づき始める。
飲み残したコーヒーが目を離した隙に凍りつくほどの寒さの中、
じっと朝日を待つ。
空が明るくなってから日が出るまでの時間は、
途方もなく長く感じられた。
この暖かさに改めて太陽の恩恵を感じ、大地の神々しさに息をのむ。
山の朝は慌ただしく、
すぐに撤収してパッキングを済ませ、
今回の目的の頂き、常念岳を目指す。
いくつかのピークを越える稜線はアップダウンが激しく、
吹き付ける冷風と相まって、思うように進まない。
陽射しが凍りついた地面を照らし、解かしていくのを見ながら、
一歩一歩進んでいく。
高山では秋はすでに終わり、冬支度が足早に行なわれていた。
そんな樹林帯に誰よりも早くピークに辿り着きたい足早な人もいる。
最後の登りは見上げるのが嫌になるくらいに続いていた。
懸命に岩をよじ登り、ついにピークを眼前に捉える。
振り返れば美しい稜線。
視界に飛び込んでくる北アルプスの山々。
その先の稜線もまた見事なまでの美しさを放っている。
時間と体力の許しがあるならば、
このまま目の前の稜線を歩いて白馬まで行ってみたい。
田淵行男さんが生涯をかけて206回登頂された常念岳。
初めての登頂で与えていただいたこの天候に胸がいっぱいになった。
ピークに辿り着くのにあれだけの労力を費やしたからには、
下山も長く険しい道のりが待っている。
常念小屋がいつになっても大きく見えてこない。
膝が笑うを通り越して、膝がデスる。
明日の朝は生まれたての子鹿のように起きることになるのだろうか。
小屋を過ぎればすぐに樹林帯の中へ。
派手な色づきがない分、落ち着いたコントラストがファインダーを埋めてくれる。
沢まで辿り着けば、ゆるやかな勾配を進むことになる。
田淵さんが見た景色がそこかしこに広がる贅沢な空間。
次回はこの山だけで、ゆっくりと時間をかけて歩いてみたい。
10月も半ばを過ぎるとアルプスの山々は冠雪し、
4ヶ月間にわたる登山シーズンは幕を閉じる。
晩秋の薄暮に色づく沢づたいの登山道には人影もなく、
もうじき訪れる冬の到来に備えて、ひっそりと静まり返っていた。